カッパドキアで訪れるべきセルジューク朝の建造物

カッパドキアは歴史的な豊かさに満ちた地域として知られています。教会や礼拝堂、修道院に囲まれたカッパドキアには、セルジューク朝建築の作品も残されています。教会や渓谷ほど数は多くありませんが、カッパドキアで訪れるべきセルジューク朝の建造物もなお豊富に残されています。

歴史を巡る旅としてカッパドキア訪問を計画されている方には、歴史の趣に満ちたホテルへの宿泊を強くおすすめします。

サルハン隊商宿

ダムサ渓谷に位置するサルハン隊商宿は、イッゼッディン・カイカーウス2世の時代に、おそらくは彼の命により建てられたことで知られています。建設年は1249年です。

サルハン以降、隊商宿が建てられることはなかったため、これはセルジューク朝のスルタンによって建てられた最後の隊商宿として知られています。サルハン、あるいは「シルクロードの隊商宿」という名でも知られています。

カッパドキアで訪れるべきセルジューク朝の建造物
サルハン隊商宿

アラアッディン・モスク

アラアッディンの丘に建つこのモスクは、最も古いセルジューク朝の建造物です。建設はセルジューク朝のスルタン、ルクネッディン・メスード1世の時代に始まり、アラアッディン・カイクバード1世の治世に完成しました。

モスクの中庭には、メスード、クルチ・アルスラン、ギヤセッディン・カイフスレヴ1世、ギヤセッディン・カイフスレヴ3世、ルクネッディン・スュレイマン2世、アラアッディン・カイクバード1世、クルチ・アルスラン4世の墓があります。

カッパドキアで訪れるべきセルジューク朝の建造物
アラアッディン・モスク

チャヴシン旧モスク

このモスクの初代イマームはハフズ・デルヴィシュであったと考えられています。チャヴシンで2番目に古いモスクです。面積35平方メートルのこのモスクは、収容人数が不足するようになったことから、後に増築されました。

セルジューク様式のミナレット(尖塔)を備えています。1958年に閉鎖されましたが、2011年の修復を経て、観光客に再び門戸を開きました。

カッパドキアで訪れるべきセルジューク朝の建造物
チャヴシン旧モスク

メフメット・シャキルパシャ・メドレセ

メドレセ(神学校)として建てられ、その後は邸宅や絨毯店として使われてきたメフメット・シャキルパシャ・メドレセは、現在は職業専門学校として使用されています。1900年に建てられたこの建物は、ムスタファパシャに残る最も重要なオスマン帝国時代の建造物です。正面ファサードの大理石に彫られたオスマン帝国のトゥーラ(花押)は、アブデュルハミト2世のトゥーラによく似ています。

カッパドキアで訪れるべきセルジューク朝の建造物
メフメット・シャキルパシャ・メドレセ

スングルベイ・モスク

このモスクは1335年、セイフェッディン・スングル・アアの命により建てられました。モスクには螺鈿細工が施された木製のミンバル(説教壇)があり、その碑文には、モスクがセイフェッディン・スングルベイの発注によるもので、名工ホジャ・エブベキルによって建てられたことが記されています。このモスクには双子のミナレットがあり、内部にはイスラム美術とゴシック美術が並んで見られます。18世紀にモスクは火災に見舞われ、その後は屋根が支柱で支えられるようになりました。その結果、本来の姿は失われてしまいました。

スルタンハン

スルタンハンも、カッパドキアで訪れるべきセルジューク朝の建造物のひとつに数えられます。碑文には、スルタンハンが1229年にアラアッディン・カイクバード1世によって建てられたことが記されています。建築家はムハンマド・ビン・ハヴレン・エル・ドゥマシュキでした。1278年に発生した火災により廃墟と化しましたが、総督セラジェッディン・アフメド・ビン・エル・ハサンによって修復されました。

カッパドキアで訪れるべきセルジューク朝の建造物
スルタンハン隊商宿

タシュクンパシャ・モスク

カラマンオウルラル侯国時代の遺産であるタシュクンパシャ・モスクは、ダムサ村に建っています。その入口(ポータル)は、幾何学模様を施した縁飾りで装飾されています。しかし残念なことに、現在は白い石灰塗料が塗られてしまい、見た目が損なわれています。ミフラーブ(壁龕)はクルミ材の象嵌技法で作られており、アンカラ民族学博物館に展示されています。今日まで残る唯一の歴史的な木造の作例として、非常に重要な意味を持っています。

カッパドキアで訪れるべきセルジューク朝の建造物
タシュクンパシャ・モスク

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